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00/11/16(木) 「手心発言」で更迭された越智氏につづいて「守旧派」と目されている相沢金融再生委員長の口から出たせいもあって、生命保険会社の予定利率引下げ発言はすこぶる不評である。 当HPでも新畑委員が異論を唱えており、またこのコラムの読者の方々もおそらく筆者も同様に憤っているであろうと推測されているかもしれない。 しかしながら、この件に関しては大きく分けて2つの理由から予定利率引下げは有力な選択肢だと思っている。 どちらも不思議と余り語られないようであるが、一にほとんどの生保が相互会社であるということ、二にそれでは以後の生保破綻の負担は誰がするかということに思いをめぐらして欲しい。 よく言われていることに予定利率は生命保険加入契約の一部であり、その引き下げは一方的契約破棄であるということがある。 確かにそういう一面はあろう。 しかし忘れてならないのは舞台が相互会社であり、契約者一人一人が株式会社でいうところの株主であるということである。 実際は総代でなければ顧客のような存在ではあるが、形式上は契約者もオーナーだということになる。 会社の経営が傾いてきたときには、昨今では金融機関に債権放棄を要請するウルトラCが多発しているが、まず自助努力ということになる。 この場合営業経費の節減がまずこれに当たるが、少なからぬ場合これでは不十分でタコが足を食う形になっている。 株式会社ではこの時点で減配もしくは無配として、場合によっては減資ということになるが、生保では予定利率の引き下げがこれに当たるのではないか。 他に良い方法があればそれで構わないが、会社内部でできるだけ公平に負担をして経営改善に寄与することが必要であろう。 繰り返しになるが、生保の場合契約をした時点で加入者は会社の一部になるので、他の株式会社が顧客と結んだ契約とは分けて考える必要があり、そして傾いた会社を収拾、改善するのは株式会社でいうところの株主すなわち契約者の責任「でも」あるというのが筆者の考えである。 経営にタッチできない零細株主でも減資等応じねばならないことを思い出して欲しい。 したがって予定利率の引き下げは社債など外部負債のデフォルトとは似て非なるものだと考える。 もちろん、現事態の実質上の責任は経営陣および総代にあり、彼らの人事刷新および待遇引き下げ、場合によっては報酬の返還などを予定利率引下げの条件とすることも必要であろう。 高いといわれる従業員報酬のカットも当然だろう。 選択肢としては、予定利率は触らないでいけるところまで行き、体力の果てたものは破綻させるというやり方はあるが、そういったギャンブルをする場合後で外部に負担を求めないことが最低条件である。 社内で妥協せず行き詰まったのだから当然である。 しかしながら、現状では健全生保が資金を出し合って基金を作りそこから補填がなされている。 これは不良生保の契約者が優良生保の契約者の負担の元に、本来出たであろう給付の切り下げを最小限にとどめるという自己責任原則とは遠い不健全なやり方である。 そして優良とされてきた生保の側も逆鞘の継続で体力を消耗しておりもう負担能力もない。(そもそも体力のある同業会社に他の弱小企業の面倒を見させようとすることが護送船団的発想である) それでは、生保が十分な基金を積めないとしたら、誰が破綻の尻拭いをするのだろうか。厳密にソルベンシーマージンを計算し、外部的に債務超過状態にならないうちに破綻(再生)処理ができれば契約者への若干の給付切り下げだけ(事後的な予定利率引下げ)で事態は収拾できるが、相当深い穴を掘った後でしか破綻しない(させない)のがこれまでである。 その場合契約者の払込保険料がパーという形で処理するのなら尻拭いもしれているが、90%まで補填するという形を取るのであれば結局国民負担となるだけである。 予定利率の引き下げもないまま、生保など入る気がさらさらない人、および優良生保に加入した人に破綻のしわ寄せとして間接的にとはいえ負担を求めるのは自己責任原則、モラルハザードの観点からも好ましくないと考える。 とはいえ、これまでの金融当局と金融機関との関係を見てくると、十分な経営努力もないまま安易に横並びに予定利率引下げを半強制的に導入させる可能性を否定できない。 経営責任を問わない、また経費率等へのチェックのないままでの予定利率引下げには筆者も賛成できないが、これまた日本の金融機関の習慣としてそれだとどこからも手が上がらないであろう。 結局ソルベンシーマージンや自己資本の状態等が一定水準以下になったら強制的に発動ということになるような気がするが、住専、銀行、信金、信組等への「まず公的資金投入ありき」のやり方のツケは大きく契約者および国民の信頼確保はいずれの方法でも至難である。 00/10/30(月) 非常に長い間沙汰無しで大変失礼いたしました。 自分で書いた文章を読み返してみて、余りに批判に偏りすぎているような気がし、もう少し前向きかつ機転の利いた愉快な文章を書きたいと思ったのであるが、待てど暮らせど愉快な話が見当たらない。 そうこうしているうちに二月が経ってしまった。 これ以上待つのは文字通り有難い読者の方々にまことに無礼なことなのでやむなく変わり映えしないまま再び筆をとることとなった。 この二月ほどは指数こそさほどではないが、昨年から今年初めにかけて高値をつけた銘柄の多くは壮絶な下げに見舞われた。 光通信その他似非(?)IT銘柄のバブル崩壊は見方によっては愉快なことなのかもしれないが、その後のネット関連株バッシングもまた目に余るものがある。 無限の収益可能性とたった数億の売上げで何百億の時価総額まで買い上げたのも異常なら、食いつぶすのがオチと清算価値の半分以下まで売りたたいている今もまた異常である。 山高ければ谷深しとはよく言ったものである。 同時に屋上屋を積み上げてきたナスダックの株価崩落も愉快なことと言えなくもないが、原油価格の高騰でブレーキがかかりつつある世界経済への影響を考えると安穏としていられない。 何よりそのとばっちりは日本の地味な割安株にまで及んでいる。 日本もいよいよ外需があてにできない状況が迫っているにもかかわらず、内需が一向に盛り上がらない中、「設備投資は堅調」とご満悦な様子の日銀総裁も愉快といえば愉快な人である。 日銀といえば、物価が下がり続ける中またたとえ金利を上げても、企業収益は堅調で経済も軌道に乗ってくるなどという愉快な考え方をされる委員もいる。 また少なからぬ委員は「いい物価下落」は経済成長の妨げとならないと考えているようである。 「実質」にこだわればそうなのかもしれないが、世の中は名目で動いている。 国の借金も個人の借金も物価スライド制で減るのならそれは愉快な世の中であろうが。 上で原油価格について触れたが、その高騰の一因となっている中東問題がいつまで経っても解決しないのは、国連による対イスラエル決議などを米国が少なからずブロックしているせいであるにもかかわらず、和平の仲介役を本気で買って出るクリントン米大統領も相当愉快な人なのかもしれない。 彼の元で米国株がほとんど上げっぱなしとなったのは、知る人ぞ知る相場の達人または類稀なる幸運の持ち主(でなければイカサマということになる)ヒラリー夫人のおかげかもしれないなどと想像力を膨らませてみると多少は愉快である。 昨今生命保険会社の破綻が相次いでいるが、銀行でもそうであったが実際潰れるのは必ず実質破綻から数年が経過した後である。 この間株主、債権者、そして税金経由で納税者が皆食われるわけである。 ただでさえ高給取り、すでに破綻している会社から他人の負担でその間いくら給料を取っていたか考えるとさすがに不愉快になる。 自分の退職金より高いと思う人も少なからずいるだろう。 もちろん破綻、解雇となれば別に退職金が支払われる。 これを二重払いという。 潰れる金融機関の自己資本比率、ソルベンシーマージンが直前期でも必ず大きくプラスで、当局の基準すらクリアしているというのも愉快な話である。 当局はグルであるか無能であるかいずれかということになるからである。 それほど重大なイカサマをやっておきながら、罪状がいつも「違法配当」で執行猶予付きの罪にしかならないのは冗談としか言いようがない。 また当局で監督責任を問われて懲戒免職という話も聞いたことがない。 会計士が資格剥奪されたという話も聞かない。 そういえば、日債銀・長銀に湯水のごとく公的資金をつぎ込んだ佐々波委員会の面々はどういう責任をとったのだろうか。 先ごろ国会で自民党の某代議士が中小企業向けの巨額の信用保証の成果(倒産減、当初の焦げ付きの少なさなど)を自画自賛していたが、そごうやダイエーが更に金を借りられたらどうなっていたかというような考えは脳裏をよぎることすらなかったのだろうか。 信用保証が一段落するや足元ではやはり倒産は増えてきている。 一方マスコミではブローカーを通じた不正受給の横行が報道されていた。 しかし審査などほとんどしていなかったのに、ブローカーに高い金払った人はいったいどういう人かと考えてしまった。 国会といえば、本末転倒さらに空転と相変わらずであるが、これが極まれば介護保険やお手盛り公共事業などのお粗末がなくなるかと想像してみると一瞬愉快ではあるが、次の瞬間にほくそえむ官僚の顔が目に浮かんでたちまち不機嫌となる。 およそ決められる政策のほとんどが特定の人々をターゲットとするものであれば、果たしてこの元凶は国民ではないかとの思いは払拭できない。 散々悪口を言ってきたマスコミも実は国民を映す鏡なのではないかとふと思えたりする今日この頃である。 00/08/28(火) ゼロ金利解除以降、関係者の懸念にもかかわらず株式市場は堅調に推移している。 日銀によると企業の設備投資意欲は強く、足元の景気もしっかりしてきているらし い。 それならゼロ金利解除など実体経済への影響はなく、春先からの株価低迷はそ ごうに端を発する信用不安と株価譲渡益課税強化への懸念による一時的なものであ り、98年10月を大底に21世紀にはばたくIT株先導の大相場はまだはじまった ばかりだということなのであろうか。 IT株については筆者はまったくの門外漢であるので言及できないが、相場全体と景 気の先行きについて考えるとき96年のことを思い出さずに入られない。 95年の 当時としては超大型の経済対策と円高の終焉により株式相場は急回復し、日経平均は 14000円そこそこから22600円台まで6割ほどの上げとなった。 経済成長 率も、主要銀行の株価も今よりずっと高かったし、政府の財政状況も今よりは良く、 失業率はより低く、金融政策の余地もあった。 そこで橋本内閣はようやく構造改革 および財政再建にとりかかろうとしたのだが、その先は皆さんご存知の通りである。 橋本内閣は消費税増税と緊縮財政で政府部門の赤字縮小は図ったが、年金・健保改革 はそれほど抜本的なものではなく、せいぜい制度破綻を数年先送りできる程度のもの を行おうとしたにすぎない。 景気を犠牲にして稼いだ時間はそろそろ切れようとし ており、これら制度の新たな改革は早々に必要である。 しかし、金融機関への資金 投入および中小企業への巨額の信用保証や度重なる景気対策で年金・健保への財政資 金投入の余地は非常に小さくなっている。 ご丁寧なことに、この間に公的介護保 険なるものまで作ってしまっている。 少子化はさらに進んでいる。 つまり、現在においては一旦景気回復が軌道に乗ったと見なされた後の公的セクター の資金ニーズが桁はずれに大きくなっているということである。 10−20年のス パンで見た場合の先行き社会の不透明さは増えこそすれ決して減ってはいない。 一 向に消費が盛り上がらないことを訝る向きも多いようだが、根本部分が何も変わって いないのだからむしろ現状が当たり前である。 しかし、日本には打ち出の小槌が 転がっているわけではないから、抜本的な構造改革をするにも元手がいる。 その元 手を将来から取ってきた挙句の果てが現状であるので国債増発して国庫負担を増やし ても消費が盛り上がらないであろうことは想像に難くない。 では他の選択肢はといえば、増税か給付カットでどちらにしても国民の財布が軽くな るばかりである。 それも十年単位で見た場合数%という生易しいものではすまない であろう。遠い将来に対する不安を打ち消すためには、近い将来に対する不安が生ま れてしまうような逆説的な状況である。 政府の対策を批判する声が高いが、より 迅速かつ適切な年金・健保・財政改革を行ってもこの不安は解決されないであろう。 民間企業による不良債権の処理はかなりのところまで進んできているようである が、多くの不良債権は国家・国民レベルへ飛ばされただけであり、国レベルのバラン スシートは相当悪化している。 国民金融資産1200兆円というが、預けた時点で は預貯金なり生命保険なり国債なり優良資産の顔をしているが、その先ではどれほど 不良債権化しているか知れたものではない、自分たちの資産は実際は半減しているの ではないかと国民が疑うのも無理はない。 しかし、無理はないといっても皆が総すくみになり財布の紐を締めてしまえばそれこ そデフレスパイラルになり元も子もない。 不安解消できないならできないなりの策 が要る。 しかし日銀はデフレ懸念は解消したといい、2%程度のインフレターゲッ トにすら非常に消極的である。 そればかりか構造改革の遅れが目立つとしてそれを 促進するというニュアンスもゼロ金利解除にはあるようである。 しかし本来は構造 改革を行うために超低金利・金融緩和が必要なはずであることを考えると政府・日銀 の相互関係が相当心もとなく思えてくる。 両者の間に必要な意思疎通・相互理解 が感じられない。 早晩必要となる各種国民負担引き上げと消費税増税および法人の外形標準課税、更に は個人の総合課税の導入に際しては政府と日銀の絶妙な連携なくして景気の持続的拡 大は望めまい。 そして景気の持続的拡大がなければいかなる制度改革も成就は困難 である。 してみればこれからの10−20年は日本経済にとって綱渡りの連続であ り、高いリスクプレミアムが要求されて当然の状況が続くだろう。 とすれば、仮 にことし後半の長期金利が2%くらいまでにとどまったとしてもだから主要銘柄はP ER4−50倍まで買われてよいとは言えないのではないか。 日本国およびに日 本企業の財務状態を考えたときに、日本の長期金利が21世紀に入ってもずっと欧米 各国より明らかに低い状態が続くと言うのはかなり身勝手な見方ではないだろうか。 それを人工的に維持しようとすれば今度は円が下落するだろう。 日経新聞社がいささか強引とも言える日経平均採用銘柄入れ替えを行ったが、穿った 見方をすれば日本沈没という状況になっても日経平均株価だけはなんとか水面上に頭 を出していられる状態を整えたともいえる。 ウエイトの重い値嵩優良株のほとんど は円安メリット銘柄である。 仮に日本経済が沈没しても海外の需要だけで何とか やってゆけそうな一握りの企業が株価を支配するのが今の日経平均である。 ゆえに これら主要銘柄を主に見ている投資家にとっては日本経済の構造的問題などは大した 問題ではないのかもしれない。 日本政府はITインフラだけ整えてくれればあとはバラ色の情報社会が広がっ て、、、と考えるのは結構だが、そのITインフラ投資の金を捻出するには従来型公 共投資を大幅にカットする必要がある。 するとゼネコン等淘汰は避けられないはず であるが、この後に及んでも淘汰ではなく、延命・再生の手法を銀行・政府は選んで いる。 どう考えても辻褄の合わない話が多すぎる今日この頃である。 これではと ても2−3期以上先のことなどまともに考えられないから、とりあえず今期だけ見よ う、業績上方修正も多そうだしやはり買いかな? 債券の利回りでは足りない し、、、最近の買いの正体はこんなところではあるまいか。 これで株価好調から景 気本格回復などとなってしまえばまことに結構な話であるが、残念ながら筆者はいま だそのような夢すら見た記憶がないのである。 |
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